2016年11月23日水曜日

スカイラー・グレイの幸福論

00年代のヒップホップシーンによく客演者として名を連ねた歌い手がいる。
彼女の名はSkylar Grey。
やさしく包み込むようなフォーキーな歌声を提供していた。
そんな彼女は実は作曲もやっていて、客演の曲の多くは共作である。
裏方であり、曲の顔ともいえるフックも歌うSkylar Greyとは何者なのか。



Skylar Greyはウィスコンシン州出身のシンガーソングライター。
高校を中退し、17歳でLAに拠点を移し、Linkin Park界隈のレーベルと契約する。
Fort Minorの代表曲『Where'd You Go』で聴いたやさしい歌声の正体は、実は改名前の彼女である。
当時はレーベルの関係でLinkin Parkとよく仕事をしていたようだ。



その後、現在の芸名に改名をし、New Yorkに仕事を求めに行き、新しい契約先を見つける。
そして、そのころからEminemやDr.Dreとの仕事が始まる。
『Love The Way You Lie』、『I Need A Doctor』、『Coming Home』など、ヒット作を共作する。



2016年には3枚目となるアルバム、『Natural Causes』を発売。
これまでの客演がヒップホップ畑が多かったためか、クラブミュージックのコーナーにCDが置いてあるのを見かけた。
しかし、彼女はもっとフォークの人なのだ。



実際、子供のころに母親とフォークのデュオを組んでいたということから、歌唱法もロックというよりもフォーク風だ。
本人も影響を受けた歌手の一人に挙げているフィオナ・アップルに似ている。



3枚目のアルバムタイトルが「自然要因」であり、CDの裏カバーも森の中であることから、自然がモチーフになっている。
それもそのはずで、田舎育ちの彼女にとって自然は欠かせない存在であり、LAで活動した後はしばらく森の中で生活をしていたという。
下記の動画インタビューでその証言がある。




森の中で自給自足をすることで、サバイバル精神を養い、自信を付けることで、精神衛生にも良かったのだろう。
森を出た後で、彼女はグラミー賞授賞式でエミネムらとパフォーマンスを行ったり、数年後に実際受賞したりと大活躍するわけである。



しかし、やはり彼女は忘れた頃に自然に帰る。
今はユタ州の山の中に住んでいるという。
それがアルバム収録曲にも影響している。



収録曲のひとつに『Moving Mountains』という曲がある。
この曲名を見たとき、とっさに土井たか子の名言「山が動いた」や風林火山の「動かざること山の如し」、Lamyaの『Empire』の歌詞の一節「Bring me men who match my mountain」などが頭を駆け巡った。



山が動くことを大きな変化になぞらえているのだろうと邪推していた。
しかし、インタビューを読むともっと深いことを言っていた。


It's like, yeah, it's cool to be driven and whatever, but if you're neglecting the present and all the people around you that you love and stuff like that for your career, that's not very attractive and it's also not very conducive to happiness. I feel like happiness is all about living in the moment, like right now. Waking up to these mountains and being with my dog and that kind of thing, so I wrote this song “Moving Mountains.” The lyrics in the chorus is: “For once in your life push your ambitions aside and instead of moving mountains, let the mountains move you.” (lemonademagazineより)


 憂鬱は過去が原因で起こるもので、不安は未来へ対して持つもの。
幸福は現在にあり、現在を生きることでそれを獲得することが出来る。
キャリアだ、夢の実現だと奔走していては「現在」を生きることは出来ない。
山を動かそうとするのでなく、山に動かされてみなさい。



まさかこんなフォーク系ポップシンガーの口から、のけぞるような思想的な言葉を聞けるとは思わなかった。
彼女は哲学書でも読んだのだろうか。
確かに、彼女の言うことを考えると正しいという感じがする。



野望は夢を見させてくれるが、そのように夢見心地のまま生きられた生は、心ここにあらずの状態に等しい。
また、夢に生きることは、夢がかなった後の生のことが見えていない。
そもそもなぜそこまでして夢をかなえる必要があるのか、考える方が先に来るべきである。
過去も未来もないとして、現在を精一杯生き、状況を楽しむことが真実の生であり、充足感、すなわち幸福につながるのではないだろうか。
なぜなら本来、それだけで良いはずなのだから。

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