2015年7月9日木曜日

クリスティーナ・アギレラは下手な歌手なのか

自分の中で一番歌が上手い人というのは、その存在を知ってからずっと、ちあきなおみだ。
集中力があるし、失敗しないし、感情がこもっているし、演歌も歌えればブギウギも歌える。
しかし、彼女は歌の講師に言わせれば、きっと声域の限界にチャレンジしないジャズ的なBGM的な歌手なのだろう。



歌のプロからの評価と、世間の評価は必ずしも同じではない。
歌の講師に言わせればアメリカのスター歌手、クリスティーナ・アギレラですらも悪い歌手とされているからだ。
アルバムだけでも全世界で1700万枚以上売っても歌は二流。
そんなことあるだろうか。



クリスティーナの何がいけないかというと、高音部の地声を出すときに、口蓋垂を上げて、喉を細めて、無理やりに出力しているというのだ。
これは苦しく、難しい発声の仕方で、だからこそ歌う時に彼女は苦しそうな顔をしているのらしい。
このような歌い方をすると、声は響かず、長く伸ばすことも難しい。
それは悲鳴に近い声として発せられる。



ゴスペルなどを経た歌手はそういう歌い方はしない。
地声が出ないなら声の出し方を変えなければならない。
ゴスペルでは自然と、響かせた発声(resonance)を学ぶ。
オペラにおいても、口蓋垂を上げる歌い方はせず、喉は開いてリラックスさせて歌わなければならない。



マライアが出せるからと真似して、無理に高い声を出そうと喉を絞り込んでしまうと、誤った発声になってしまう。
大事なのは高い声を出すことではなく、響いた声を出すことだ。
という以上のような、歌の講師の共通認識を最近知った。



でも口蓋垂を上げて絞り出す地声は苦しそうなのであれば、
それはそれでたとえばエレジーを歌うときなどに活用すればいいのではないかと思った。
哀しい曲を歌う時に、のどを絞って苦しそうに歌うというスキル。
やってはいけない悪い歌い方として切って捨てるのではなく、そこまで技術化するのが、真のテクニシャンなのではなかろうか。



実際、クリスティーナが歌う「Hurt」や「Beautiful」は実に痛々しく、あれを元気に良く響いた声で歌われても何の説得力もない。
彼女の歌のもの悲しさの証拠に、The Voiceでお手本に課題曲を歌って見せたときに、最初の1フレーズで出場者に落涙させたこともある(The Voice 2015, top 8, Kimberly Nichole "Creep")。
あの痛々しさは彼女独特の「悪い」歌い方の賜物である。



クリスティーナは今や悪い歌手の代名詞のような存在で、throaty voice(喉を開き過ぎた歌い方)とかhigh larynx singing(口蓋垂を上げた歌い方)といった悪名高い歌唱法ながら、グラミー賞やVMAなど数々の輝かしい舞台を飾ったというレッテルが貼られている。
一時期、あんなに当代一の歌手として褒めそやされていたのに、大衆が手のひらを返すのは冷酷なほど早いものだ。